作曲家、樅山智子はいろいろなところで活動をしている。

アジア、ヨーロッパ、どこにでもいる。

だが、抽象的に空間をデザインする作曲家ではない。

それぞれの場所から、そして人々との出会いから自分を表現しようとする。

 

「われ想う故にわれあり」ではなく、「君あり故にわれあり」

そういう彼女の音楽は、出会いの関係性の網目のなかに生成変化を繰り返していく。

だから西欧的な二項対立によるドラマトゥルギーよりも、

ゆるやかなシステムのなかで音はゆらぎ、流れていく。

三橋圭介(音楽評論家)

わたしにとって彼女は、思想家です。

熱いものでも冷たいものでも素手で捕まえて   

確かめようとする思想家です。

 

その熱さや冷たさは、時に、彼女の思想と実践に関わった   

作り手たちのことでもあります。だからわたしもそのひとりです。

 

彼女はわたしを沸騰させるし氷にもする。

思想家がいるもとで、何かを作ることができることは、

稀ですが、在る、と言うことを教えてもらいました。

 

羊屋白玉(「指輪ホテル」芸術監督、演出家、劇作家、俳優)

樅山智子の仕事を見ると、作曲家という仕事は、

通訳の仕事に似ているとつくづく思う。

通訳という仕事が、「聴く」ことから始まるように、

作曲の仕事も「聴く」ことから始まる。

 

彼女が聴くのは、人々が耳を閉ざして聞こうとしない  

大地の声であり、風の歌であり、隠蔽された社会問題の背後から  

溢れてくる怒りや悲しみであり、太古の昔から伝えられた祈りであったりする。

こうした声や音や叫びは、彼女の耳には   

痛いほど強く鳴り響いているのに、現代社会の中では、

多くのノイズにかき消されて聞こえなくなっているのだ。

樅山智子は、世界の各地を旅し、耳を開き、

それらを音楽へと翻訳し、耳を閉ざした   

多くの人々にも届くように、活動を続けている。

 

彼女の音楽の向こうから聞こえてくる世界の声を意識して聴いてみよう。

世界が違った声をあげているのが、聞こえてくるはずだ。

 

野村誠(作曲家)

逍遙する作曲家、樅山智子は、世界を跨ぐその仕事の場も、

表象するその音楽のメディアも、実に多様だ。

 

スタンフォード大学(彼女はそこで音楽と人間生物学の両輪を研究した)や、

オランダ王立ハーグ音楽院という彼女の経歴を一見すると、

アカデミズムの枠から出ないありきたりの活動を思い浮かべるかもしれない。

 

しかし、実際のところ、それは真実とかけ離れている。

屋外で繰り広げられる彼女のサイト・スペシフィックな作品は、

空間作曲のパイオニアであるアメリカの作曲家   

ヘンリー・ブラントによる実験を彷彿とさせるかもしれない。

 

しかし、アフリカやインドネシア、フィリピン、インド、

そして先進国といわれるヨーロッパ諸国やアメリカも含めた世界各地で、

マイノリティの人々との親密な作業を通して生みだされる彼女の音楽には、

ブラントの想像を遥かに超える社会的意味が拡がっている。

 

参加型の演劇から、インタラクティブなインスタレーション、

ラジオ作品、儀式パフォーマンスまで、彼女の表現手段は幅広い。

 

クラシックのサックス奏者として修練を積みつつも、

日本相撲聞芸術作曲家協議会の理事として

相撲取りと協働する作曲家なんて、いるだろうか?

 

世界のどこを見回しても、いないと断言できる。

樅山智子をのぞいては。

 

カール・ストーン(作曲家)

© Tomoko Momiyama