Project detail

MINORI-MAJORITE TRAVEL

(マイノリマジョリテ・トラベル)

2005年春、樅山智子、三宅文子、羊屋白玉によって結成されたアート・アクション・ユニット。「障がい者」と「健常者」、「マイノリティ(少数派)」と「マジョリティ(多数派)」という二元論的な区別に疑問を投げかけ、旅をキーワードとした活動を展開する。

TOKYO BORDERS TRAVEL SKETCH

: The Seven Deadly Sins

(マイノリマジョリテ・トラベル公演 「東京境界線紀行『ななつの大罪』)

[2006] Composed for site-specific performance

ナング村に入って少ししたころ、生徒のお母さんたちがビルンパの伝説について話してくれた。ナングの人たちの一部はビルンパの子孫だという。ビルンパというのは、人類よりも前の、原始人のような、でも、人類とは別の、種。でも、今も存在するもの。それは、居るけど、居ない存在。村に対して良い心を持っている人には見える。村の先の山の中を奥までずっと進んだところにある岩に耳をつけると、ビルンパが演奏している音楽が今でも聴こえてくるそうだ。純粋な心がなければ聴こえないとも。彼らから杖か帽子を奪って隠してしまえば、一生自分のために働いてくれるらしい。あるいは、彼らを助けてやると、お礼にずっと尽くしてくれたりするらしい。ビルンパからの贈り物などは家宝となり、その存在は絶対に秘密にしなければならないらしい。

 

もしかしたら、カッパやらマヨイガやら山の神やら、日本の古い民話に出てくる妖怪のような、精霊のような、あるいは神のような存在かと思った。

 

子ども達に尋ねてみたらビルンパのことを知っている子も知らない子もいたけれども、ビルンパの岩に行ったことがある子はいなかった。村をまわって、ビルンパの音楽を聴いたことがある人を見つけてみよう。その岩までどのくらいかかるのかわからなかったけれど、その岩に辿り着けなくてもいいから、一緒に手がかりを探してみて、ビルンパの音を想像してみたかった。

 

8人の子どもとナオミ先生と私と、みんなで小さな車一台に乗り込み、村の上に向かって出発。道で出会った長老にビルンパの岩のことを尋ねてみる。その長老は二人の子どものおじいちゃんだった。おじいちゃん、ビルンパの岩のことを知っていた!音も聴いたことがあるって。おじいちゃんのお母さんは、子どもの頃、ビルンパを見たことがあるらしい。ビルンパの音楽のことを尋ねたら、一緒に岩まで行ってみるかい?って。子ども達は、行く!と揃って返事をした。急遽、村の奥の峡谷までの大冒険が始まった。小さな車におじいちゃんまで一緒に乗りこんで、車道の終わりまで一気に上がる。その先は子ども達の誰もまだ行ったことのない山の奥。マンモスの化石が沢山見つかるという牛たちの放牧地を抜けて、岩山が迫り野バラが香る峡谷を川沿いにずっとずっと歩いていく。子ども達は、そこら中に咲き誇る野バラの花を摘んでは髪に挿し、みずみずしいカタチャンという草を摘んでは口に含み、大きな水溜りでは裸になって水に飛び込む。岩の上まで競って駆け上っては駆け下り、キツネの巣を見つけては中を覗き込み、空飛ぶ僧侶が姿を隠したといわれる岩の前では止まって話をする。子ども達はそこら中の岩に耳をつけては音を聞いている。おじいちゃんはどんどん先に進む。一時間くらい歩いただろうか、川の先に大きな一枚岩が現れた。それがビルンパの岩。みんなで座ってしばし休憩。思い思いに岩に耳をつける。ビルンパの音が聴こえてきた。

 

ナングとは、山に囲まれた部屋、という意味らしい。そんなナング村で、学校の子ども達と観客のみんなと一緒に、山の木霊に耳を澄ますパフォーマンスを創りたかった。聴こえるけど聴こえない音、そして、聴こえないけど聴こえる音。そんなビルンパの声を探して村の奥まで、村の先まで、みんなで冒険した旅の体験をもとに、子ども達と一緒に作品を創る。

 

岩で聴いた音を思い出して、楽器を使って再生してみる。シャーって音を聴いた子もいれば、ドゥンドゥン、とか、グラッグラッという音を聴いた子もいた。チューチュー、シャンシャン、という音もあった。お鍋や空き缶に石を入れてグルグル廻してみたり、水を運ぶ大きなプラスチックの容器をドラムに見たてたり、金属のお皿をシンバルのように叩いたり。それらの音を組み合わせて、ビルンパのマーチができた。

 

エキシビションが開催された2日間、1日1回で合計2回のパフォーマンスを観客の前で発表した。その他に、子ども達とのワークショップのプロセスを通して録音した音をもとに30秒の小品を2曲創り、観客一人一人がヘッドフォンで聴くサウンド・インスタレーションを学校の校長室で展示した。

 

子ども達には、自分の土地の音楽を創って外に発信するという目的を持つことで、新たな視点から自らの環境を発見してほしかった。ナングの四季のこと。昔居たのに今は絶滅してしまった動物たちのこと。おじいちゃんたちの時代からの環境の変化。山から聴こえてくる音のこと。それが、とっても特別で大切なものであるということ。そんな子ども達の発見を目撃した村の人たちにも、そして外から村を訪ねた観客たちにも、パフォーマンスを体験することによって、少し視点を移動し、自分の環境に新たに耳を澄ますきっかけになったとしたら、とても嬉しい。

"Calling from a Changtang Steppe"(チャンタンの高原から)

[2014] Composed for installation, performance
 
[インド/ジャンムーカシミール州、ラダック地方、プーガ]

プーガの寄宿学校では、音楽を一緒に創りたいという生徒を募り、その中から4年生から8年生までの14人を選考して音楽チームを作った。家族全員が遊牧生活をしていて、一人で何ヶ月も山に行って家畜の世話をするよ、という生徒もいれば、親の世代から定住を始めて町に住んでいるという生徒もいた。まずは、遊牧民のテントを訪ねるフィールドトリップに出掛けることに。みんなで考えて、ツォモリリ湖に流れ込む川を少し上ったところにある、コルゾック・プーという遊牧地に行くことにした。数人の生徒はそこの出身。

 

学校のトラックの荷台にみんなで乗り込んで、朝日が昇る前に出発し、山と谷と湖をいくつか越えて、早朝には到着。おばあちゃんがミルクの入った羊皮の袋を振ってチーズをつくっている音を聴いたり、筒にお茶とバターをいれてシャカシャカするバター茶づくりの音を聴いたり、山羊の乳搾りを手伝いながらその唄を習ったり、僧侶たちからはお祈りの合唱を聴いたり。ロバに飛び乗って高原を走り回り、野花を摘んで花笛を吹き、みんなで歌いながら沼地を飛び越えて、コルゾック・プーの最奥に住む長老達を訪ねる。昔は、ツォモリリ湖の周りの山々にはもっともっと氷河があって、夏になると遊牧地はもっともっと緑だったこと。昔は、みな、星の読み方を知っていたこと。星座を地図に、何ヶ月もかけてザンスカールまでパシュミナを売りに歩いて行ったのだ。今、その星を読む智慧は、失われてしまった。環境が変化し、生活が変化し、これからどうなっていくのだろう。遊牧をする人が減っていることは悲しいけれど、交通が便利になって、子ども達が学校に通えるようになったことは、とても嬉しいと。

 

そんな話を聴いてから、今度はツォモリリ湖畔のコルゾックの町へ。数人の生徒は、そこに定住した遊牧民の家族の出身。もともと遊牧民だったお母さんは結婚してコルゾックに定住している。山の生活は恋しいけれど、今は家族と一緒に居られることが幸せ。コルゾック寺院前でリンポーチェにご挨拶してからコルゾックを出て、スムドに向かう。スムド出身の生徒も数名いる。スムドでは、人々は夏の家と冬の家を行き来する半分遊牧、半分定住の生活をしている。お家を訪問してお話を伺う。そして学校へ向かう帰路、温泉が湧いている沼地でオグロヅルのつがいを発見。車をとめて、みんなで鶴に呼びかける。「私たちのために踊って!」トラックの荷台では、コルゾックで村の長老にお借りしたダミエン(チベットの撥弦楽器)や、スムドの村で集めた牛やヤクのベルを鳴らしながら、生徒たちが歌っている。そうして寄宿学校に帰ってきた。

 

翌日、フィールドワークの感想をみんなに聞いてみた。長老から昔の話を聞いて、どう思った?これからどうしていきたい?生徒たちは、環境が変化して遊牧生活が危ぶまれていることは、とても悲しい、と言った。温暖化で氷河が減り、遊牧のための草が減り、遊牧する人口も減り、遊牧の智慧も失われ、全てが絶滅の危機にあるようで、すごく怖い、と。草がなければ家畜を育てられない。家畜を育てられなければ私たちの生活はない。でも、私たちには教育がある。私たちの親の世代は教育を受けていなくて、商売でだまされることもあったかもしれないけど、私たちは違う。私たちには、遊牧の生活を守る責任と義務がある。そして、その鍵は教育だ、と。

 

草原を本当に自由に駆け回る子ども達を見て、これこそが子どもの本来の姿なのだろうな、と思った。幸せってなんなんだろうって、子ども達に聞いてみた。雨と雪から守ってくれる暖かい屋根があること。暖かいご飯があること。家族と一緒にいること。家畜が元気であること。自由にやりたいことができること。そう、自由。自由であるということは、どういうことなんだろう。

 

14人のコア・メンバーとクンゼス先生とともに一週間の密なワークショップ活動を重ねてパフォーマンス作品の構成を練り、その後、30人強の生徒を加えて練習をし、最終的には50人ほどの生徒によるパフォーマンス作品「Calling from a Changtang Steppe(チャンタンの高原から)」を、エキシビション期間中に二回発表した。

 

「Calling from a Changtang Steppe(チャンタンの高原から)」のパフォーマンスは、ラダックの伝統的な歌や踊りのように、校庭の真ん中に座る観客の周りを生徒が輪になって取り囲むかたちで行われた。

 

このパフォーマンスの他に、同タイトルのサウンド・ピースを作曲し、観客にヘッドフォンで鑑賞してもらうインスタレーションを展示した。三方向に窓がある幼稚園の部屋の中で、山に囲まれて座り、チャンタンの音と子どもの声を聴く作品。

 

環境問題について考える際、自分の土地のことを良く知ること、そしてそれと同時に自分の隣人について良く知ることが重要である。各地に適したその土地固有の取り組みを開発すると同時に、そのローカル・スペシフィックな智慧がグローバルなネットワークで共有される必要がある。そしてなによりも、人々がみな、地球市民としての意識を高め、視点を変えて想像し、行動することが大切になる。プーガの子ども達が、チャンタンの環境に耳を澄ましてそこから音楽を創ってみることで、自分の土地について新たに発見し、その宝物に気づき、その文化に誇りを持ち、そしてその世界を取り巻くより広い世界について興味を持つきっかけになることを目指した。また、彼らの声を音響作品としてラダックの外に発信していくことで、その土地の人々とその外の人々とのコミュニケーションのミディアムになりたいと思っている。私たちはここにいる、ということ。その声を、ヒマラヤの高原から世界に届けたい。