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At a Meeting of Microcosms(ミクロコスモスが重なる場所で)

[2013, India] site-specific performance
  • santal performance_excerpt
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  • Tomoko Momiyama
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中庭では親戚の女の子が赤ん坊をあやしていて、若い奥さんは土のかまどでご飯を炊き、亭主は家の裏で竹を割っていて、ママは畑に芥子菜を干しに行き、お父さんは隣で店番をしている。ふと、空がさらさらと鳴り、ニームの葉っぱがゆっくりと舞う。風が気持ちよくて、全てが満ち足りている。きっと生きる喜びというのは、とても静かなところにあって、アートなんていうカタカナの行為からはとても遠いところにある。 

牛で田んぼを耕してお米を育て、人の手足と風と水で稲を脱穀し、残った藁を食べた牛のうんちでご飯を炊いて、そのご飯を食べた人のうんちを豚が食べて、その豚を人が食べる。藁と竹と土で家を建てて、藁と灰と泥でお皿を洗い、藁と墨と牛糞で床を掃除する。親戚一同で子育てをして、親戚一同で看病する。人は生まれ、人は死に、牛も豚も鶏も田螺も沢蟹も生まれて死んで、ここで循環し、ここで完結している。 

でも、私の世界はここで完結しないのだと、ふと、思い出す。だって、私は、今ここにこうしていながらも、福島の原発から高濃度汚染水が大量に海に流され続けているかもしれないということも、自分の土地を失ってずっと避難所に住んでいる人たちのことも、知っている。そして、今後きっと、このサンタルの村の人たちの世界の完結点も動いてゆく。私たちのこの村での存在が象徴するように、これからもどんどん異なるものや情報や価値観が入ってきて、村はより大きな世界と繋がるようになり、生活の循環はより拡いところで完結するようになる。 

だから、今のあなたたちのミクロコスモスに受け入れてくれてありがとう、私にはこの世界がこんな風に聴こえるよ、と、ささやかな外からの視点を差し込むことで、今の、この村の、この世界の、この音を、慶びたかった。それは、私のミクロコスモスと彼らのミクロコスモスが重なる場所での一瞬の祝祭。 

一ヶ月近くの滞在の最後、田植え前の田んぼで村の人たちと一緒にパフォーマンスを行った。村中で響き渡っていた足踏式脱穀機を一カ所に集め、米と藁を分ける手箕で風の音を奏で、池の水で洗濯するリズムは太鼓と会話をし、ふと、携帯ラジオでベンガル音楽を流しながら男たちが横切ったと思ったら、子供たちが猿や牛や山羊、犬、鶏、蛙など、村に住む動物となって走りまわり、そしてサンタルの歌と踊りが始まり土地を踏みしめる。私は鍵盤ハーモニカを吹きながらそれぞれの音に挨拶をしては繋ぎ、最後はその鍵盤ハーモニカも村の人に渡して一緒に踊った。このカオス的なハプニングは、多分にわけのわからない出来事だったと思うけど、村の人たちは暖かく楽しみながら協力してくれた。 

翌日、村では伝統的なサンタル族の儀式が執り行われた。田植えの季節に豊穣を願うお祭りで、朝から村の各地で山羊や羊、鶏や鳩など、沢山の動物がマントラと共に神々に捧げられ、陽が沈むころにみんなでその命を頂く。村のあちらこちらで声をかけられ、一日に渡って儀式に参加した。パフォーマンスを経て拡がったのは私の世界だったのだ。こうして、この日はじめて、私は本当に、みんなの世界の循環の深度に近づけた気がした。